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テスラ、エアコン参入検討で問われる世界観

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テスラ、エアコン参入検討で問われる世界観

グロービス経営大学院教授が解説

 

電気自動車(EV)の販売が好調で、トヨタ自動車の時価総額を抜いたことでも話題の米テスラが家庭用エアコンに参入する意思をみせました。今回の取り組みは成功するのか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「事業ドメイン」「習熟効果」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・テスラはEVや蓄電池、エアコンで家庭向けのエネルギービジネスに触手
・単純な量産より、クールな構想力やソフト更新による機能向上がカギ

事業ドメインの設定が成長を左右

企業戦略には大きく、個別の事業で競争優位性の構築を目指す「事業戦略」と、会社全体の事業を束ねる「全社戦略」があります。全社戦略では主に事業ドメイン(その裏側にある企業の強み)、経営資源の配分、成長戦略(場合によっては多角化)などを考えます。成長企業にとって事業ドメインの設定、言い方を変えるとどこまで「戦線」を広げるか、あるいは自らを「何屋」と定義するかは非常に大きな問題となります。図に示したように、狭すぎても様々な問題が生じますし、広すぎるとまた別の問題が生じるからです。

事業ドメインが狭すぎて失敗した有名な例は、かつての米国の鉄道会社です。彼らは自らを「鉄道屋」と定義したことで、成長が止まってしまいました。そして自動車と飛行機に挟み撃ちにされ、衰退していったのです。

事業ドメインを広げすぎた失敗例は1980年代の日本企業でしょう。当時はバブル経済に向けてイケイケの時代でしたから、多くの企業が本業とは関連性の低い不動産事業や本業の強みが生かせない分野に多角化を進めました。そして多くの事業は失敗し、各社は事業ドメインの縮小を余儀なくされたのです。

エネルギー問題に注目するマスク氏

さて、今回の主役であるテスラは「何屋」なのでしょうか? 社長のイーロン・マスク氏は宇宙事業「スペースX」なども手掛けていますが、ここでは基本的にテスラに話を絞って議論します。

多くの人のイメージは「電気自動車屋」かもしれませんが、実は数年前からソーラーパネルや家庭用蓄電池の事業などにも進出しています。日本語のホームページでも「完全に持続可能なエネルギー エコシステムの構築を目指す」「ユニークなエネルギーソリューションを提供する」などとうたっています。ここから分かるのは、テスラにとって電気自動車はあくまで1事業にすぎず、彼らは自社を「エネルギーソリューションプロバイダー」と定義しているということです。

現在の地球においてエネルギー問題は非常に大きな課題です。人口が増え続ける一方で、天然資源はどんどん減っていきます。近年はシェールガスの生産量が増えたおかげでエネルギー危機になっていませんが、いずれ問題になることは間違いありません。また、化石燃料はどうしても二酸化炭素排出、地球温暖化という好ましくない問題を引き起こします。地球温暖化対策が待ったなしの中、電力を極力クリーンなものにしたり、再生可能エネルギーのメカニズムを構築したりすることは、マスク氏のような社会問題に関心がある野心的な起業家にとって当然手掛けるべき事業なのです。

HEMS分野に的

今回のエアコン参入発言も、この文脈で考えれば自然な多角化といえるでしょう。米国の一般家庭を訪問された方はご存じでしょうが、アメリカでは日本と異なり、多くの家庭がセントラル空調で、日本人の感覚からすれば非常にもったいない電気の使い方をしています。ビルの業務用エアコンも、省エネの進んだ日本から見るとかなり無駄が多いものです。ただ、逆にいえばそれだけ効率化の余地があるということです。すでに手掛けているソーラーパネルや家庭用蓄電池と合わせれば、家庭用エネルギー管理システム(HEMS)の分野でも地位を築けると考えるのは自然な発想といえます。

「もう少し自動車事業が安定軌道に乗ってからでもいいのではないか」という意見もあるかもしれません。ただ、事業参入のタイミングは自社の都合のみを考えればいいというわけではありません。さまざまな経営環境を考慮し、自社の状況も考慮したうえで今というタイミングを選択したのではないでしょうか。

エアコン単体では割高か

ではテスラはこの分野で勝てるのでしょうか? 例えば同社の家庭用蓄電池「テスラPowerwall」はまだ非常に高価で、市場浸透はこれからです。エアコンも単独事業でみた場合、すでにシェアを持ちながら経験曲線(過去の累積生産量に応じて生産コストが下がる効果)を下った既存のプレーヤーと比べて、どうしても割高なものになるでしょう。既存企業の買収など戦略次第ではありますが。

もちろんエアコンのパーツであるインバータなどはEV向けと合わせた「範囲の経済性」でコスト削減を図れるかもしれませんが、やや限定的に思われます。そもそも車の空調と家の空調は発電のメカニズムもかなり異なり、パーツをどこまで共有化できるかも現段階では不明です。できる限り共有化の努力はするのでしょうが、技術的には容易ではないという向きも多いようです。

クールな未来を売り込む

ではテスラのエアコンに勝ち目はあるのでしょうか? ポイントは、エアコンのみではなく、あくまでHEMS全体(当然、スマートグリッドなどの要素も入ってきます)で考えることでしょう。HEMS全体となると、エアコン単体の費用対効果ではなく、システム全体の構想力や、パートナーの巻き込みなどが重要な要素となってきます。また「テスラのHEMSを利用しているってクールだよね」という意識を消費者に植え付けることができれば、どこかのタイミングで損益分岐を超えることは可能でしょう。

そもそもこれらのことは、テスラが電気自動車やスペースXでもある程度やってきたことです。テスラの強みを改めて振り返ると、それは単なるモノづくりではありません。一見あり得ない未来や顧客に対する経験価値を構想し、それを前面に出してパートナーやファンを集める。投資家から資金を調達して研究開発や生産に投資する。HEMSにおいても、この勝ちパターンを踏襲することができれば、十分に勝機はあるように思えます。

先行者としての価格競争力も注目

さらにいえば、マスク氏は単に進化したHEMSを提供しようとしているわけではありません。彼らの定義は、ユニークなエネルギーソリューションプロバイダーです。個人が余った電気を他の家庭や企業に売って自動的に収入を得られる、あるいはEVのように一晩寝ている間にシステムが進化している、といった「ユニークな体験」を売ることができれば、先端的な消費者はひかれるように思われます。

EVとのシナジーもカギになるでしょう。単に部品の共有化でコストダウンを図るのでは面白くありませんし、マスク氏もそれは考えていないでしょう。HEMSに車を加えたCHEMS(Car and Home Energy Management System)とでもいえる、生活により密着したモノについて魅力的で大きな構想を描ければ、それに賛同する人は多いでしょう。

そしてCHEMSで誰よりも早く経験を積んでコスト削減に成功すれば、テスラのエアコンは同社EVのような価格競争力を備え、一気に普及が進む可能性もあります。同社EVの販売価格は高いですが、ランニングコストや経験価値を含めると十分にライバルに伍(ご)しています。

テスラがエアコン事業でどのような「新しい世界観」を打ち出すか、そして「ユニークなエネルギーソリューションプロバイダー」として今後どの事業を手掛けて「戦場」を広げていくのか、さらに注目されます。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「習熟効果」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/65366a2e(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

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